大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 平成3年(ワ)331号 判決

原告

三浦規矩子

右訴訟代理人弁護士

柴田圭一

被告

合資会社興栄社

右代表者無限責任社員

森澤清子

右訴訟代理人弁護士

渡辺彬迪

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、一二四八万七六五〇円及びこれに対する平成二年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

四  この判決二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

被告は、原告に対し、二三四八万三九〇〇円及びこれに対する平成二年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

主文二項と同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三三年一〇月被告に雇用され、昭和五五年一〇月三一日まで事務員として勤務し、昭和五五年一一月一日から昭和五六年三月ころまでは総務部長兼経理部長として、昭和五六年三月ころから平成二年八月三一日までは、専務取締役として、それぞれ被告の業務を執行し、平成二年八月三一日、被告会社を退職したが、右退職時には、被告から、月額五七万円の役員報酬の支給を受けていた。

2  被告は、次の事項を含む役員退職金支給基準を定めており、右基準は、昭和五四年四月一日から適用されている。

(1) 役員に対する退職金は、次の計算方法により算出する。

退職時の月額役員報酬×(在任月数÷一二)×加算倍数以内

(2) 専務取締役の加算倍数は、二・五倍とする。

3  被告は、次の事項を含む従業員に対する退職金規定を定めており、右規定は、昭和四一年四月一日から適用されている。

(1) 従業員が一年以上勤続して退職した時は、この規定により退職金を支給する。

(2) 退職金支給額は、次の算式によって計算する。

支給額=退職時の基本給(日額×二五)×支給月数(別表1(略))×支給率(別表2(略))

(3) この規定による退職金の支給を一層確実にするため、被告は従業員を被共済者として、中小企業退職金事業団(以下「事業団」という。)と退職金共済契約を締結する。

(4) 新たに採用された従業員については、見習期間を経過して本採用となった月に(3)の契約に追加加入するものとする。

(5) 退職金は、従業員の請求によって事業団が支給する。

(6) 事業団から支給される退職金の額が(2)によって算出された額より少ない時はその差額を被告が直接支給し、事業団から支給される額が多い時はその額を本人の退職金の額とする。

(7) (2)の支給月数の計算は、本採用となった月の翌月から退職の月までとし、一年に満たない端数について、六か月以下は切り捨て、七か月以上は一年とする。

4  前記役員退職金支給基準によれば、原告は、平成二年八月三一日の退職により、被告に対し、次の計算式により、二六一〇万一二五〇円の役員としての退職金支払請求権を取得し、この内二六一万七三五〇円が事業団から支払われたので、現在二三四八万三九〇〇円の未払い退職金支払請求権を有している。

570,000円×(252か月÷12か月)×1.0倍=11,970,000円

(昭和34年10月1日から昭和55年9月30日までの期間)

570,000円×(119か月÷12か月)×2.5倍=14,131,250円

(昭和55年10月1日から平成2年8月31日までの期間)

11,970,000円+14,131,240円=26,101,250円

5  前記役員退職金支給基準が認められず、または原告が被告の役員でなかったとしても、原告は、昭和三三年一〇月、被告に雇用され、平成二年八月三一日まで従業員として勤務し、同日被告会社を退職したが、退職時には、月額五七万円の基本給の支払いを受けていた。

6  前記従業員に対する退職金支給基準によれば、原告は、平成二年八月三一日の退職により、被告に対し、次の計算式により、一五一〇万五〇〇〇円の従業員としての退職金支払請求権を取得し、この内二六一万七三五〇円が事業団から支払われたので、現在一二四八万七六五〇円の未払い退職金支払請求権を有している。

勤続年数 370か月÷12か月=30年と10か月 よって31年

勤続年数31年の支給月数は、26.5月

勤続10年以上の自己都合退職の支給率は100%

570,000円×26.5=15,105,000円

7  よって、原告は、被告に対し、主位的に役員退職金として二三四八万三九〇〇円、予備的に従業員退職金として一二四八万七六五〇円及びこれらに対する支払い期日の翌日である平成二年九月一日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実を否認する。

原告と被告との関係は、雇用契約ではなく、委任契約である。

2  請求原因2の事実を否認する。

被告には、役員退職金支給基準は、存在しない。役員退職慰労金を支給するか否か、及びその額等は、無限責任社員に決定権があるが、原告に対しては、これを支給しないことに決定した。

3  請求原因3の主張に対しては、認否がない。

4  請求原因4の主張を争う。

5  請求原因5の事実を否認する。

6  請求原因6の主張を争う。

三  抗弁

1  消滅時効

(1) 原告が被告に雇用されていたとしても、右雇用関係は、昭和五五年一〇月三一日で終了した。

(2) 右雇用関係終了の翌日である昭和五五年一一月一日から起算して五年が経過した。

(3) 被告は、労働基準法一一五条に規定する時効を援用する。

2  信義則違反及び権利濫用

原告は、被告の無限責任社員である原告の母やその他の役員である被告の兄弟に対する私恨に基づいて、直接または間接に、被告を労務倒産に追い込んだ者である。従って、原告が、現在倒産状態にある被告に対して退職金の支払いを請求することは、信義に反し、権利の濫用に当たるから、許されない。

四  抗弁に対する認否

抗弁1(1)及び抗弁2の事実をいずれも否認する。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりである(略)。

理由

一  まず、主位的請求の前提として、請求原因2の事実について判断する。

1  (証拠略)は、原告主張の内容を記載した「役員退職金見舞金支給基準」となっており、右内容の役員退職金見舞金支給基準が被告会社に存在する旨、(人証略)は証言し、(証拠略)にも同旨の記載がある。

しかし、(証拠略)には、昭和五四年四月一日から適用すると記載されていることから、右書面は、通常、昭和五四年ころ作成されるべきものであるが、その当時未だ一般的に使用されていなかったワープロで印字されていること、及び(人証略)の証言(第一〇回口頭弁論調書一項以下)に照らし、これを役員退職金見舞金支給基準の原本と認めることはできない。

2  また、(人証略)は、手書きの役員退職金見舞金支給基準の原本が被告会社に存在した旨証言するが、右原本が提出されず、また(証拠略)には、合資会社に存在しない株主総会や取締役会の決定を前提とする規定があり、内容自体も不自然であることから、右証言は信用できず、手書きの役員退職金見舞金支給基準の原本が被告会社に存在したと認めることはできない。

3  原告は、被告の元無限責任社員であった森澤義隆が死亡した際、原告主張の役員退職金見舞金支給基準に従った死亡退職見舞金一五〇〇万円が支払われた旨述べ、これに沿う証拠(〈証拠・人証略〉)もあるが、右金員の支払いは、相続税の財源としての現金を捻出するための方便としてなされたと見ることもでき(〈人証略〉)、他に役員退職金見舞金支給基準が適用された例のないこと(〈人証略〉)に照らすと、森澤義隆の死亡にともなって金員の支払われたことから、原告主張の役員退職金見舞金支給基準の存在を推認することはできない。

4  その他、原告主張の役員退職金見舞金支給基準の存在を認めるに足りる証拠はない。

二  以上によると、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。

三  予備的請求について

1  証拠(〈証拠・人証略〉)によると、請求原因3の事実を認めることができる。

2  請求原因5について

(1)  証拠(〈証拠・人証略〉)によると、以下の事実を認めることができる。

〈1〉 被告は、印刷業等を目的とする合資会社であり、原告の父森澤義隆が無限責任社員として経営していたが、原告は、昭和三三年一一月から、事務員として被告で就労するようになり、昭和五五年一〇月ころまで経理全般を担当していた。

〈2〉 昭和五五年一〇月一五日、森澤義隆が被告を退社し、原告の母森澤清子が無限責任社員になり、原告の姉妹である森澤テル、森澤陸江らとともに原告は、被告の有限責任社員となった。

〈3〉 原告は、被告の有限責任社員となった後の昭和五五年一一月一日から昭和五六年七月ころまで、総務部長兼経理部長との名称で、経理面の指揮監督、従業員に対する指揮監督、労働組合との対応、会社内全般の問題の指揮監督を担当し、昭和五六年七月ころから平成二年八月三一日までは、専務取締役との名称で、代表者である森澤清子の職務を代行していた。

〈4〉 原告は、被告で事務員として勤務するようになると、他の従業員と同様に毎月の給料、残業手当、年二回の賞与の支給を受け、また昭和三五年ころ、社会保険、雇用保険、厚生年金に加入し、事務員である間に中小企業退職金共済法による退職金共済契約に被共済者として加入し、平成二年八月までその掛金を支払い、平成二年八月三一日付退職に基づいて、事業団から退職金二六一万七三五〇円の支払いを受けた。但し、原告は、総務部長兼経理部長の名称が付せられてからは、残業手当等の手当の支給を受けなくなり、専務取締役の名称が付せられてからは、賞与の支給も受けなくなった。

〈5〉 原告は、平成二年八月に退職する前まで、毎日被告会社に出勤して勤務し、給料として月額五七万円の支払いを受けていた。

(2)  右認定の事実に基づいて、被告の従業員に対する退職金規定が原告に適用されるか否か検討する。

〈1〉 昭和三三年一〇月から昭和五五年一〇月ころまでは、原告も他の従業員と変わるところはなく、被告に雇用された従業員として右退職金規定が適用されることは明らかである。

〈2〉 本件退職金規定の適用がある「従業員」に該当するか否かの判断は、労働基準法その他の各種労働法の適用とは直接関係がないので、いわゆる労働法関係における「労働者」であるか否かの判断と必ずしも同一である必要はない。

そこで、退職金には賃金後払的性格のほか功労報償的及び生活保障的性格も含まれていることに鑑みると、本件退職金規定の適用の有無は、報酬が役務自体の対償的性格を有するか、特に継続的役務に対し定期的に報酬が支払われているかどうかに基づいて判断すべきであり、従属性の有無や契約の形式が雇用であるか委任であるか等の法形式で決定されるものではないと解される。

〈3〉 前記認定の事実によると、原告は、総務部長兼経理部長の名称が付せられてからは、管理者的職務を担当し、残業手当等の支給も受けなくなり、更に専務取締役の名称が付せられてからは、事実上会社代表者と同様の職務を担当し、賞与の支給も受けなくなったが、法的には、会社の代表者や業務執行者ではなく(商法一五六条によると、有限責任社員は会社の業務執行や会社を代表することができない。)、毎日会社に出勤して勤務し、その対価として毎月一定額の給与の支払いを受けている点や、社会保険、雇用保険、厚生年金への加入、中小企業退職金共済法による退職金共済契約に関しては、他の従業員と同様であった。

〈4〉 右によると、原告は、平成二年八月三一日に退職するまで、被告から、継続的役務の提供に対する対価として、定期的報酬の支払いを受けていたものであり、更に、労働者保護のための各種保険や退職金共済契約においては、労働者ないし従業員として扱われていたものであるから、本件退職金規定の適用に関しては、従業員に該当するというべきである。

(3)  原告が、平成二年八月三一日の退職時に月額五七万円の基本給の支払いを受けていたことは、(1)〈5〉に認定のとおりである。

3  抗弁1について

前記2によれば、原告が退職したのは、平成二年八月三一日であるから、抗弁1は、主張自体失当である。

4  抗弁2について

原告が被告の倒産に直接または間接に関与した旨の主張に沿う証拠(〈人証略〉)もあるが、他の証拠(〈証拠・人証略〉)に照らし信用できず、他に抗弁2の主張を認めるに足りる証拠はない。

5  以上によると、原告は、被告に対して、平成二年八月三一日退職に基づく従業員としての退職金支払請求権があり、その額は、前記従業員に対する退職金支給基準(別表2(略)には、勤続一〇年以上の自己都合退職の支給率について記載がないが、勤続一〇年未満の場合について、支給率を一〇〇パーセント未満にする趣旨と解されるので、勤続年数一〇年以上である原告の支給率は一〇〇パーセントと解すべきである。)によると、次の計算式により、一五一〇万五〇〇〇円となり、この内二六一万七三五〇円が事業団から支払われたので、現在一二四八万七六五〇円の未払い退職金支払請求権を有している。

勤続年数 370か月÷12か月=30年と10か月 よって31年

勤続年数31年の支給月数は、26.5月

570,000円×26.5=15,105,000円

四  よって、原告の主位的請求を棄却し、予備的請求を認容して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大泉一夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例